〜相 対〜

相対 1:互いに関係を持ち一方だけでは存立しない関係
    2:他との関係に関係において存在すること

闇の中で微かな寝息が聞こえてくる。寝息の主は藤原将之である。
彼が、いつものように前触れもなく、晴明の屋敷におしかけてきて酒を飲み
先に酔い潰れて眠ってしまってから、どれほどの時が過ぎているのだろうか?
将之の隣で影が動く。起き上がり将之の顔を覗き込むのは晴明である。
眼が慣れて来ると月明かりの薄闇の中に将之の姿が仄かに浮かび上がってくる。
苦笑しながら晴明は将之の額や首に貼りついている髪を払いのけてやる。
ふと晴明の指先が将之の首筋に触れる。
その瞬間、浅黒く日焼けしたソレは身体とともにビクッと大きく震えた。
その反応に晴明は自身でも信じ難い行動に出ていた。
『これは夢?それとも現実?』
将之の首にかかる2本の腕は晴明のもの・・・。その指に力がこめられる。
「ぐっう・・・。」
驚いて将之が眼を見開く。
信じられないと言いたげな将之の表情を無視し、その首を晴明は絞めあげる。
その瞬間、将之が晴明を押し退けようと暴れはじめる。
「くっ、苦し・・・放せっ!!」
その声が聞こえているのかいないのか無表情なまま更に将之の首を絞めあげる晴明。
その指先は力を込められ白くなっていく。
次第に将之の抵抗する力が弱くなってゆく。
やがて将之の身体から完全に力が抜け、押し退けようとしていた手も床に落ちていた。
し・・・んとした静寂が部屋の中に広がって行く。
ハッと我に返って将之を抱き起こすが、既に物言わぬものとなっていた。
晴明は茫然としたまま、その場にへたり込んでいた。
将之の必死にもがく姿がグルグルと晴明の脳裏をまわっている。
――ああ!私はお前の明るさが眩しかった。
お前の素直さが羨ましかった。
お前の無邪気さが妬ましかった。――
その晴明の心に呼応するかのように、晴明の背後で影が動き
じわじわと人の姿を形作っていく。
「ソレがお前の本心か?晴明」
せせら笑うその影は、かつての兄弟子、橘影連であった。
「影連どの!!」
殆ど悲鳴に近い声が晴明の口から発せられる。
さも楽しげな影連の笑い声が続く。
「ククッ、所詮お前も心に闇を持つ者。私となんら変わりはせぬ。
その闇を抱えたまま、都の滅ぶ様を最後まで看取ってやるがよい。」
高笑いだけを残して不意に影連の姿がかき消える。
闇の中、一人取り残された晴明を遠くで呼ぶ声が聞こえる。
「・・・めい、おい、晴明!!」
一瞬、自分が何処にいるのか晴明は理解できずにいた。
「将之?」
自分の顔を覗き込む将之を茫然と見つめている晴明に将之が声をかける。
「随分うなされていたぞ、大丈夫か?」
その将之の言葉に、ようやく晴明は我に返り疲れたようにため息をつく。
「なに、ちょっと夢見が悪かっただけだ。大した事はない。」
「全く人騒がせな奴だな。」
そう言うと大きな欠伸を一つして将之はまた夜具に潜り込んでしまった。
その将之を呆れたように眺めていたが、ため息をついて同様に夜具に横になり
晴明は自問した。
――本当にあれは夢だったのだろうか?
あれは眼を逸らし続けてきたもう一つの真実。
将之の全てが羨ましかった。
将之の全てが妬ましかった。
将之の全てが疎ましかった。
だが、それ以上に将之の全てが愛しいのだ。
どちらも真実、どちらか一方だけでは存在しえぬもの・・・。
そう考えながら晴明は眠りにおちていった。