アステロイドタワーに近付く観光船の中で聖健一は
一人暗い宇宙空間を見つめて呟いた。
「もうじきアステロイドタワーか・・・。」
(1ヶ月ぶりに取れた休暇だなんて・・全く宇宙ポリスも楽じゃねぇな。
だけど何の連絡もしないで帰ったら、あずなの奴驚くだろうな・・・。)
知らず知らずに健一の顔がほころぶ。
宇宙ポリスの中でもピカ一の腕利き刑事である彼は
今、妹あずなの事を考えていた。
彼の両親は既に他界していて、
身内といえば3歳年下の妹だけであった。
と、突然響く男の声
「俺はJ9に復讐する為に甦った。
先ず手始めにお前達を血祭りに上げてやる。
恨むのならコズモレンジャーJ9を恨むのだな。」
男がそう言い終わったと同時に船体をショックが襲う。
ミサイルを次々と浴びせられて火を吹く観光船。
観光船が爆発する刹那、健一は妹の名前を呼んでいた。
「あずな!!」
―
ウエストJ区のストア
―
今し方買い物を済ませアパートに向かっていたあずなは
誰かに呼ばれたような気がして立ち止まり振り返った。
「あれ?今誰か確かに呼んだと思ったんだけどなぁ。
健一兄さんの声に似てたけど・・・。」
しばらく立ちつくしていたが、やがて肩をすくめて
「健一兄さんのわけないか。何たって貧乏暇なしの刑事だもんね。
今頃、ジョーと駆け回ってる最中だよねぇ・・・。」
そう言って歩き出すあずな。
彼女が兄、健一の死を知ったのは翌朝のニュースでだった。
乗客名簿の中に兄の名を見つけたあずなは信じられない思いで
そのニュースを聞いていた。
そして同じ頃、やはり同じ思いの人間がもう1人J区署にいた。
署長室で沈痛な面持ちのマカローネとグラターノ。
と、バタバタと足音が近付いてきて
1人の若者が署長室に飛び込んでくる。
一見、男のように見えるが、れっきとした女である。
ESPの持ち主で宇宙ポリスの中でも1、2を争う腕利き刑事で
健一の良き相棒であるジョゼフィン・鷹野である。
「署長!
健一の乗っていた観光船が襲われたってのは本当ですか?」
「鷹野か・・・残念ながら事実じゃよ。」
「そんな・・・」
マカローネの態度から健一の死をも悟った彼女は絶句した。
が、すぐに刑事としての己を取り戻すとマカローネに尋ねた。
「一体誰が何の為に?」
「うむ、それじゃが・・・グラターノ!」
「あっ、は、はい!署長!」
「あのテープを持って来い。」
言われてグラターノがテープを持ってくる。
それをセットするマカローネ。
「まぁ、これを聞いてくれ。」
テープが回りだし、声が流れてくる。
その内容はJ9への復讐を誓うものであった。
「どうやら犯人はビーナスコネクションの者らしいという事が
わかっているだけじゃ。」
大きな溜息をつくマカローネ。
「こんな事の為に健一達は巻き添えになったんですか!!」
怒りをこらえきれないように言うジョゼフィン。
「本当に遺族はたまったもんじゃありませんよねぇ・・・
一体誰を恨めばいいのやら・・・。」
やり切れないようにグラターノが呟く。気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはジョゼフィンであった。
「署長!今から休暇を取らせて下さい。」
その言葉に呆気に取られるマカローネとグラターノ。
一体何でといった2人の表情に答えるジョゼフィン。
「健一の妹のあずなの事が気になるんです。お願いします。」
暫く考え込んでいるマカローネだったが
「良かろう。
お前さんも相棒を失って気持ちの整理をせにゃならんだろうし。
気の済むまで行ってくるがいい。」
「ありがとうございます!」
そう言い、一礼して部屋を出ていくジョゼフィン。
見送るマカローネとグラターノ。
「署長・・・いいんですか?」
心配げに尋ねるグラターノ。
「鷹野の事じゃ、心配するには及ばんじゃろ。」
そう答えるマカローネ。
―
一週間後、ウエストJ区の裏街のとあるスナック
―
2人の男が店に入ってくる。キッドとボウィである。
「しっかしまあ、今の所、世の中平和だねぇ。」
右手の人さし指で帽子をクルクル回してボウィが言うと
肩をすくめてキッドが答える。
「全くだ。あいつ、しつこかったもんなぁ。」
彼らは観光船を襲ったビーナスコネクションのゲーリングを
2日程前に倒したばかりであった。
と、
「おんやまぁ、ロリコン好みの女の子!」
素っ頓狂な声をあげて、ボウィがキッドの肩をつつく。
ボウィの視線を追いかけていくとカウンターに少女が1人。
聖あずなである。
「ヒュー。ボウィさんはロリコンの趣味がおあり〜!?」
「あはん、何とでも・・でも、何か場違いなんだよねぇ、あの娘。」
どうも自棄になっているらしい。一気にグラスを空けてはむせている。
「あーあ、見ちゃいらんないね。俺ちゃん、ちょっと行ってくるわ。」
「まぁた、始まった、ボウィの悪い癖・・・。」
キッドが呆れたように呟く。
「随分な言い方してくれるじゃない、キッドさん!
俺ちゃんは親切で・・・。」
「おーお、下心丸見え。」
そう言って肩をすくめるキッド。
そんなキッドを無視してカウンターに近付いていくボウィ。
ボウィがあずなに声をかけようとした時である。
「いい加減、その位で止めるんだな。」
そう言ってあずなのグラスを取り上げる者がいた。
ジョゼフィン・鷹野である。
「ジョー!私の事は放っておいてよっ!!」
「そうはいかない!お前にゃ、こんな所似合わないよ。さぁ、出よう。」
そう言ってあずなの腕をとるジョー。
だがあずなはその手を払いのけてしまう。
「いやっ!私はもう子供じゃないわ!放っておいてっ!!」
「あずな。まだそんな事を?あれは事故だ!
連中を恨んでも仕方ないだろう?」
「ジョーにはわからないのよ、私の気持ちなんてっ!
私にはたった1人の兄さんだったのよ!それを・・・それを・・・。」
涙でそれ以上言葉にならないあずな。
そんなあずなを悲しげに見つめるジョー。
「それでもお前のやろうとしている事は間違いだ。
憎しみからは何も生まれやしないんだ・・・。」
「お説教なんて沢山よっ!私は私のやりたい様にやるわっ!!」
そう言って店を飛び出していくあずな。
「あずな!待つんだ!!」
慌ててあずなの後を追うジョー。
そんな2人のやり取りを見ていたキッドとボウィ。
「おやおや、あのお兄さん振られちゃったようね。」
「何か訳ありって感じだな。
だけどボウィさん、声もかけられなくて残念だったな♪」
キッドにそうからかわれて不貞腐れるボウィ。
―
2時間後、裏通り
―
道にうずくまっている人影がある。聖あずなである。
そこへほろ酔い加減のキッドとボウィが通りかかる。
「あれっ?ちょっと、キッドさん、あの娘もしかして先刻の・・・。」
目ざとくあずなを見つけるボウィ。
「本当だ。一体どうしたんだろう?」
そう言いながら、
相変わらず女の子には目ざとい奴だと内心呆れるキッド。
しかし、基本的に女の子には甘い2人は、あずなに駆け寄る。
「ちょっと、お嬢ちゃん。どうしたの?こんな所で・・・。」
ボウィに声を掛けられ、顔を上げるがあずなの顔は真っ青になっている。
「ちょっと気分が・・・。」
そこまで言って気を失ってしまうあずな。
「うわっ!ちょい、待ちっ・・・。」
慌ててあずなの体を抱き止めるボウィ。
「どーしよう?キッドさん。」
台詞とは裏腹に『どーしよう?』と思っているようには聞こえないボウィに
溜息を吐きつつ、キッドが答える。
「どうしようったって・・・まさかこんな所に放っておく訳にもいかないだろ?
取り敢えず、J9基地へ連れてった方が良さそうだぜ?!」
そのキッドの言葉に我が意を得たりとばかり、
満面の笑みを浮かべるボウィ。
「そのようね!んじゃ、取り敢えずJ9基地へ急ぎましょ♪」
あずなをかかえて歩き出すボウィとキッド。
―
J9基地
―
ベッドに横たわるあずな。
その周りには、アイザック、キッド、ボウィ、お町、
それにメイとシンの姉弟がいる。
「しかし、どう見てもメイと同じ歳くらいにしか見えぬが・・・。」
あずなとメイを見比べてアイザックが言う。
「それなのよねぇ。詳しい事は分からんけど、何か訳有りって感じでさぁ。」
大袈裟に肩をすくめてボウィが答える。
「どう見ても自棄酒って感じだったな。ジョーって奴が止めてたけど・・・。」
キッドがそこまで話した時、あずなが目を醒ます。
「ここは何処?]
起き上がろうとして頭を押さえる。
「あ・・つっ・・・」
そんなあずなにアイザックが声をかける。
「味も分からずに飲むのは薬だけで良い。
何があったか知らんが、酒なぞ子供が飲む物ではないな。」
その言葉にカッとなるあずな。
「助けていただいてありがとうございました!
でも私、もう子供じゃありません!!」
険悪な雰囲気に慌ててアイザックとあずなの間に割って入るボウィ。
「まあまあ、そう怒んないで・・・。ところでお嬢ちゃん、名前は?」
「あずな。聖あずなよ。」
「へ〜ぇ、あずなちゃんて言うのか。
俺ちゃん、ボウィ、スティーブン・ボウィってんだ。」
妙にはしゃいだ声のボウィを呆れたように見ながらキッドが
あずなに声をかける。
「あの辺は君みたいな娘が、出入りするような所じゃないな。」
そう言うキッドを押し退けて進み出るボウィ。
「ね、良かったら、訳を聞かせてくんないかなぁ。
これで中々頼りになるのよね、俺ちゃん達♪」
少々おどけ気味のボウィの背後からお町が続ける。
「そう言う事♪話してみるだけでも良いと思うけど?
あっ、私達、決して怪しい者じゃないのよ。」
「人は俺達の事、『影のポリス』なんて呼ぶけどな。」
キッドのその言葉に顔色を変えるあずな。
「もしかして、それ、コズモレンジャーJ9の事?」
「そうだが・・それがどうかしたかね?」
不審げに尋ねるアイザック。
あずなの瞳に敵意が宿る。
と、突然部屋の中の物がアイザック達めがけて飛び交う。
「うわっ!何だ!!こりゃ・・・。」
飛び交う物をかわしつつ、ボウィが叫ぶ。
「コズモレンジャーJ9!私は貴方達を許さない!!」
あずなの敵意がいつしか殺意に変わっている。
「まさか、君がこれを?」
キッドが飛んでくる物を避けながら聞く。
「だとしたら?」
不敵に笑うあずな。
「君は・・・エスパーか!」
アイザックがうめくように呟く。
それに答えるあずな。
「そうよ。あんた達なんて・・・死んじゃえばいいのよ!!」
今度はJ9基地そのものが音を立て始めた。
その時である。
「あずな!止めるんだ!!」
あずなの側にテレポートしてくるジョー。
その姿を見て驚くアイザック。
「ジョゼ?!」
一瞬、アイザックを見つめてしばし困惑するジョー。
しかし、すぐにあずなに向き直る。
「あずな、今すぐ止めるんだ!」
「嫌よ!絶対止めないわっ!私の邪魔しないでっ!!」
そのあずなの言葉に呼応するように更に基地が軋む。
「あずなっ!いい加減にしろ!!」
ジョーがそう言いながら、あずなの頬に平手打ちをする。
「もう、止めるんだ。お前がこんな事しても
健一は喜びゃしないよ。わかってるだろ?」
そのジョーの言葉にあずなの殺意が急速に収束していく。
そのまま、ジョーの腕の中に倒れ込むあずな。
あずなが意識を失うのと同時に
部屋中を飛び交う物も床に落ちる。
呆然と見ていたボウィが我に返ってジョーに詰め寄る。
「あんた!その娘に一体何したんだ!?」
「何もしちゃいないさ。
二日酔いの上に極限状態でパワー全開にしたんだ。
一種の過労って奴さ。1時間もすりゃ気が付くよ。」
厳しい顔つきでキッドが話し掛ける。
「ところで、ジョーっていったな?
一体どういう事なのか、説明してもらえるか?」
キッドの問いに答えるジョー。
「一週間前、ビーナス・コネクションの奴が
観光船を襲った事は知ってるね?」
「ああ、あれはいわば、俺達に対する挑戦状だったからな。」
「実は、あれには、あずなの兄さんが乗っていたんだ。」
「何だって!それじゃあ・・・。」
「そう、あずなはあんた達を憎んでいるんだ。」
暫く重苦しい沈黙が続く。
その沈黙を破ったのはアイザックだった。
「しかし、だからと言って、私達を憎むのは
お門違いも良いところだな。」
「フン、そんな事、あずなだって充分承知してるさ。
それでも、あんた達を憎む事でしか、
自分の心の行き場がないんだよ、あずなは・・・。
多分、他の犠牲者の家族も同じだろうな。」
ジョーの言葉に返す言葉もないアイザック達。
気を取り直して、ボウィがジョーに尋ねる。
「そう言えば、あんた、一体何者なわけ?
ジョーってのは、フルネームじゃないんと違う?」
その言葉に笑って答えるジョー。
「まあね。フルネームは、ジョゼフィン。ジョゼフィン・鷹野だよ。」
「ええ〜っ?ジョゼフィンって、女性名じゃない!!」
お町が、素っ頓狂な声をあげる。
「ってことは・・・、あんた、女なわけ〜っ??」
そのボウィの言葉に笑って頷くジョー。
呆気にとられる、キッド、ボウィ、お町。
そんな彼らを苦笑して見ているアイザック。
「てっきり、男だとばかり思ってたのよねぇ、俺ちゃん。」
「ほ〜んと、世の中、わからないものだわねぇ。」
「まぁ、職業がらこの格好が動きやすくてね。」
そう答えつつ、肩をすくめるジョー。
「職業がら?」
キッドが眉をひそめる。
それまで黙っていたアイザックが言葉を続ける。
「確か最近J区署に配属になったんだったな。
シルバー・ウルフのジョー・・・だったかな?」
「相変わらず、地獄耳だな。
で、あずなの兄さんってのが、私のパートナーだったのさ。
健一が死んじまって、他に身寄りもないし、
心配してたら、案の定・・・。」
その言葉を引き継ぐアイザック。
「荒れていた・・・というわけか?」
「うん、そういう事。」
「ところで、もう1つ聞いても良いかしらぁ?
アイザックとは、お知り合いなのかしら?」
にっこりと笑いかけるお町だが、目が笑っていない。
「あっ!それ、俺ちゃんも聞きたい!!」
思い切り好奇心いっぱいのボウィ。
暫く答えるのを躊躇うアイザックとジョー。
「え〜と、一応親戚になるんだっけ?アイザック?」
「そうだな。親戚というには、随分遠いような気がするが・・・。」
そんな言葉でボウィが納得する筈も無い。
「って、どんな繋がりなのさ!」
「確か、私の母の従姉妹の嫁ぎ先の兄弟がアイザックの父上だっけ?」
「どうだったかな。何せよ、幼馴染である事は確かだが?
ボウィ、お町、これで満足かね?」
「ふーん、親戚で幼馴染・・・ねぇ・・・」
今一つ信用していない様子のお町。
「案外、恋人だったりなんかして♪」
そのボウィの言葉に一瞬動揺するアイザックとジョー。
が、話を逸らしてしまうアイザック。
「ところで、ジョゼ、この娘をどうするつもりだ?」
「それなんだけどねぇ、このまま連れ帰っても
何度でもあんた達を狙うだろうし・・・。」
そのまま、考え込んでしまうジョー。
と、ボウィが進言する。
「ねっ、ねっ!いっそ、ここに置いとくってのはどうかね?」
「そんな事言って、基地ごと吹っ飛ばされたらどーする気?
んっ?ボウィちゃん。」
お町が、呆れたように軽くボウィを睨む。
「だって、俺ちゃん達にも責任、あるでしょーが!
一緒にいたら、気が変わるかもしれないんとちゃう?」
「随分と希望的かつ楽観的な考えだな。ボウィ。」
頭をかかえつつ、アイザックが言う。
「まっ、ボウィが楽観的なのはいつもの事さ。
実際、何もしないよりはマシかもしれないぜ?アイザック。」
「そうよねぇ、このまま、関係ありませんって訳にはいかないわよねぇ?」
メンバーにそう言われて『No!』と言えるほど
冷酷には、出来ていないアイザックである。
大きく溜息を吐いて、
「ジョゼ、君達には、当分ここにいてもらう。
それでいいかね?」
「あんた達がそれでいいのなら、私は構わないけど・・・。」
「どうやら、決まったようだな、アイザック。」
右手の親指を立てて、キッドが笑う。
「フム、では早速だが、メイ。
その娘が気付くまで、ジョゼを案内してやってくれ。」
そう言って部屋を出ていくアイザック。
アイザックに続いてメイとジョーも部屋を出て行く。
見送るキッド、ボウィ、お町。
先程から何事か考え込んでいるキッドに気付きお町が声をかける。
「先刻から、一体何を考え込んでらっしゃるのかなぁ?キッドちゃん?」
お町に『キッドちゃん』と呼ばれ内心穏やかではないキッド。
「何かあの2人、単なる幼馴染とも思えないんだよな。
ボウィが『恋人だったりして』って言った時、
あのアイザックが一瞬だけど、動揺してたんだぜ。」
「そりゃあ、アイザックにだって、
俺ちゃん達に知られたくない事くらいあるんじゃないの?
それより俺ちゃん、この娘、気に入っちゃったのよねぇ♪」
あずなの顔を覗きこんで、嬉しそうなボウィに
お町が呆れ顔で呟く。
「いやーねぇ、まあた、ボウィの病気が始まったようねぇ・・・。」
「病気って・・・随分な言い草じゃん!
俺ちゃんは、単にフェミニストなだけなのっ!!」
ボウィのその言葉に吹き出すキッドとお町。
「ブワッハッハッ、フェ、フェミニストォ?ボウィが?
悪い冗談だぜ!単に惚れっぽいだけのこったろーが・・・。」
「クックックッ、まさに言えてる〜!!」
「ひっでぇ〜っ!そこまで言うか?お2人さんっっ!!」
キッドとお町の反応に不貞腐れるボウィ。
―その2へ続く―
折れた翼 その1